宮城県石巻市渡波町支援二日目。

二日目。まだ筋肉痛は来ていない。6時前に起床して朝ご飯。

今日は歩君のここまで来たらきちんと現状を見た方が良いというアドバイスを受けて、支援活動の前に女川に赴いた。

絶望的だった。

壊滅的だった。

ビルの上に車がのっていたり、家の上に家が乗っていたり。渡波はまだ建物の形をしている物がかなり見えたが、女川は4階建てのビルが横倒しになっていて枠組みしか残っていなかった。

本当に、自然に対して人は無力だった。地球が一回くしゃみをしただけで、街が壊滅するんだという事を本当に肌で実感した。

女川には15分も居れなかった。自衛隊の方が本当に頑張って作業をしていた。でも、誰の顔も疲れ切っていたと思う。そんながれきの中を、自転車で中学生くらいの子が通学していた。どこかで彼等も生活をしているのだ。

渡波に戻って最初の依頼は酒屋さんの酒と冷蔵庫の搬出&整理。酒屋さんって信じられない量のお酒を在庫として持ってたのね。

3時間くらいかかって完了。

そうそう、このボランティアで運命的な出会いが。

現地、石巻市在住のすだっち。なんと同じ苗字。そして同い年。これだけでも充分に素敵な出会いなのに、

なんと生年月日が全く一緒!違うのは名前と血液型だけだった。凄いよね。

彼自身も被災し、奥さんとお父さんにいたっては車で津波に流された(無事だった)という被災者。それでも、自分たちはそこまで傷は深くないと、友人のつてでオンザロードの活動に参加してくれていた。本当に凄いガッツだと思う。

というわけで、背中にすだっち1号、2号と書いて午後は活動。

ちなみに、東京から一緒に行ったチームスダッチはこのメンバー。

午後は3軒の除去作業をお手伝い。ちなみに、話によると94.1cm地盤沈下したらしく、午後3時辺りの満潮時はここまで街が灌水する。もう、膝上まで。

午後の作業は作業に集中していて全然写真撮っていない。

二日目の作業を終えて、本部で泥掬い班全員で記念撮影。

こうして二日間のボランティア作業を終えました。夜中中飛ばして東京に着いたのが午前4時。

二日間経験して思ったこと。

自分たちじゃどうしようも出来ない事も有るけれど、出来る事も沢山ある。

でも、物資を送ることは、正直須田が見てきた範囲ではもう大丈夫かも。

それよりも、圧倒的に人が必要。沢山のボランティアが。

だって、二日間でオンザロードチームが出来た作業なんて、全体の1/10000とかだよ。

後、これ、1-2年の話じゃない。多分、4-5年かかる被災状況。

絶対に忘れちゃだめだ。出来る限り須田は奥さんと一緒に、また石巻にいくつもり。

とりあえず、23日のライブで集める物資は、前日に渡波支所の方からききます。

Diary | 2011-04-17 | パーマリンク | コメント(0)

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すだっち 現在楽器メーカーに勤めながら、日々ダイエットに勤しんでいる須田英之です。詳しくはプロフィールで!

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