2007年総括。

さて、とうとう2007年の最後のブログエントリー。
昨年の総括を見返して、どこにも結婚という文字が書かれていない。おい、去年の私よ。あんた、翌年に妻帯者になってるよ。
というわけで、やっぱり一番大きかった出来事は、結婚して29年間住んできた実家を出たことですな。ホントに日々勉強です。
そして、SoulSwitchギター完成と大巌流ロックフェスティバルの成功が本当に大きかった。新聞にも載った。もうホームページは無くなっちゃったけど、原稿は残っている。
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ギター:音色がつなぐ歴史ロマン 功山寺の廃材使い製作、堤さんが初披露 /山口
 ◇晋作がくぐった門の一部から…
 ◇下関出身のミュージシャン、堤さんが初披露
 古刹(こさつ)が奏でる音色で聴衆を魅了--。楽器メーカーのヤマハ(静岡県浜松市)が維新の舞台として知られる功山寺(下関市長府川端町)の改修廃材を利用して1本のギターを製作した。歴史が詰まった楽器の音を下関市出身のミュージシャン、堤晋一さん(29)がこの夏、自ら主催する音楽祭で披露した。【取違剛】
 堤さんは県立豊浦高校卒。ロックバンド「Bivattchee(ビバッチェ)」のボーカルとしてプロデビューした03年から毎夏、下関市の海峡ゆめ広場で「大巌流ロックフェスティバル」を主催する。「下関の若者にいろんな夢の選択肢を見せたい」と、約20のプロ・アマチュアバンドや工芸作家らを招く。
 ギターづくりの発端は、今年初めにヤマハの情報誌「ソウルスイッチ」が堤さんを取材したことだった。須田英之編集長(28)が「大巌流」の趣旨に共鳴し、「堤さんの思いがこもった下関の木でギターを作ろう」と持ちかけた。
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 堤さんは高杉晋作ファンの父に晋一と名付けられた。「晋作ゆかりの木がないか」。堤さんと須田編集長が行き着いたのは、晋作が倒幕を目指し挙兵した「回天義挙」の地、功山寺だった。ちょうど総門の改修を終えたところで、廃材は江戸時代から使われていた松。郊外の山中で処分寸前のところを引き取った。
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 8月にいよいよ完成。松はギターの音の肝になるパーツ「ブリッジプレート」になった。柔らかな音色に堤さんらは驚いた。数百年かけて乾燥した松は、ギター素材にぴったりだった。8月19日の大巌流フェスティバルで音色を初披露し、約1000人の聴衆とともに計9時間の熱狂を演出した。
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 「晋作もくぐった門の一部がギターになって、名前の一字をもらった僕が弾いている。歴史の末端に生きていると実感した。国の行く末に命を懸けた晋作のように、僕も戦っていきたい」と堤さん。ギターを武器に新たな音楽シーンを切り開こうと考えている。
〔下関版〕
毎日新聞 2007年9月8日
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やっぱり、一つの型だしが出来たことは嬉しかった。そして、一つの祭りを作り上げる事の大変さ、そして長と呼ばれる人間を最大限に活かす為の助力の仕方も勉強した。
心残りは、音風雲流のvol.2が出来なかった事。これは、来年結婚式が終わって落ち着いた夏前にやる予定。
そうそう、去年宣言していた人間ドッグ。人間ドッグには行ってないけど、精密検査はちゃんとしたよ。結局、中性脂肪とコレステロールがちょいオーバーだったけど、後はいたって健康体でした。
というわけで、2007年は充実しておりました。2008年はもう一人の体では無いので、ちゃんとこの健康を維持しつつ、ウェイトをおとしまーす。

Diary | 2007-12-31 | パーマリンク | コメント(0)

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すだっち 現在楽器メーカーに勤めながら、日々ダイエットに勤しんでいる須田英之です。詳しくはプロフィールで!

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