手紙。

20050214.jpg
手紙。
本来休みの日は、その名の通り休まなくてはいけない日。しかし、サラリーマン的にはストレスを発散させる為に、有意義に遊ぶ時間になる。が、度を過ぎた遊びっぷりを発揮すると、週頭から死にそうな日々が続いてしまう。
今週は、仕事にて本当に大きな大きな山が有り、先週からWeekdayは頭をフル回転する時間が続いていた。さらには連休も遊んで帰ってから深夜までパソコンと向かい、ひたすら自分と向き合って言葉を紡いでいた。
正直自信が無くなる時もある。素直に書けば、上手くいかないとはどんどん自分に自信がなくなり、モティベーションを保たなければいけないと、自分を無理に奮い立たせて悪いスパイラルに入っていく。先日のエントリーで、OB訪問に来る後輩へのメッセージを載せたが、自分がやりたい事、描いている未来に向かって進んでいるのに、その道が自分の能力の無さで荒れた道路になっていると、どんどん自信がなくなっていくのだ。私だって人間なのだ。凹むときはとことん凹む。
そんな月曜日、ふらふらになりながら帰宅すると、リビングの机の上に懐かしい高校のレポート用紙が置かれていた。よく見ると、私が一昨年高校で授業をした時に生徒から貰ったレポートだった。
授業内容は、友達の大切さを語った気がする。Aqua Treeにある私の過去日記に詳しく書いてあったので追記へ。


下記、過去日記から
—————————
人と人。 2003.10.28
なにか事を起こすときには、必ずテーマを決めるようにしている。
テーマというと難しいか。目的としよう。
例えば、今年の3月に行った須田の部屋のイベントでは、「家族に対する感謝」を伝えようという目的を持ってイベントを行った。
例えば、部屋を改造するときに「身体をいたわる」という目的で、身体にフィットする椅子を探した。
先週の高校生に対する授業では、「仲間」の大切さを伝えた。そして、「感謝」という感情の大切さも伝えられたと思っている。
授業を行うにあたって、自分にとっての「仲間」を凄く考えた。見学者を呼べると知った時に、誰に来て貰おうか凄く悩んだ。一見、何も考えずに呼んだメンツだと思われるかもしれない。そうじゃない。自分にとって一人一人思い入れがある仲間達を呼んだ。
百合は説明する必要もなく、自分にとってのパートナーであり、尊敬すべき人間であり、プライベートでも自分を友として支えてくれている仲間である。
ゴエは、たまたまだったね。僕の行きつけの恵比寿のお店でバイトをしていた。彼から突然声をかけてきてくれて、授業の話をしたら喜んで参加してくれた。嬉しかった。
他にも当日は忙しくて参加出来なかったけど、自分にとって「仲間」と思える人たちに声をかけた。
今晩、授業に参加してくれた「仲間」の一人の友子と初めてきちんと喋った。今日初めて喋ったのに何であの日「仲間」として呼んだんだろう。そもそも「仲間」ってなんだろう。
授業の前の週、渋谷で遊んでいた友子にいきなり電話をして、来週授業をするから是非来て欲しいと伝えた。その時の友子の反応は、「そんなに親しくないのに私でいいんですか?」だった。
普通そう思うよね。その通りだと思う。
「その日から仲良くなればいいじゃん。」
即座に答えた。
そして、当日、友子は大学の授業を受け終えた後、遅れて来てくれた。
正直、嬉しかった。だから、生徒の皆に素直に友子が来てくれて嬉しかった事を伝えた。
人と人との出会いは、奇跡的なものだと思っている。
そして、複雑に見えて、実は凄く単純なものであると思う。
難しい事は分からない。でも、これだけはいえる。
あの日、あの場所で、話し合えた僕たちは確かに仲間を感じれた瞬間だった。
そして、今もこれからもその感覚は消えることは無いと信じている。
—————————
臭い。相当臭うぞこの文章。若さの強さだ。2年前だが。。こんな授業を受けた生徒からのレポートは、自分に自信が無くなり欠けていた私を奮い立たせるのに充分だった。
どうやら、母が勝手にリビングの引き出しにしまっていて、たまたま今日出したらしい。このタイミングで出すのはさすがだよお袋。いよいよ明日は勝負の日。頑張らなければ。

Diary | 2005-02-15 | パーマリンク | コメント(0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL
http://suda.tv/archives/2005/02/post_13.php/trackback

コメントを投稿する

自己紹介

すだっち 現在楽器メーカーに勤めながら、日々ダイエットに勤しんでいる須田英之です。詳しくはプロフィールで!

»プロフィール
»このサイトについて

検索

カテゴリー別記事

過去記事一覧